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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)76号 判決 1972年9月18日

原告 神尾英造 ほか三名

被告 東京国税局長

訴訟代理人 宮北登 ほか三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の原告ら各々に対する昭和四四年七月五日付の滞納者池袋新興商業協同組合にかかる第二次納税義務告知処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  被告は、池袋新興商業協同組合(以下「池商組合」という。)が昭和三九年九月二三日ごろ解散し、その納付すべき四一四六万四二〇〇円の法人税を納付しないで残余財産を原告らを含む組合員に分配したが、右法人税を徴収すべく、池商組合の財産について滞納処分を執行してもなお徴収不足を生ずるため、原告らが右税につき国税徴収法三四条に基づき各自一六〇万円を限度額とする第二次納税義務を負担するものとして昭和四四年七月五日付で原告らに対し右納税義務の告知処分をした。(以下「本件告知処分」という。)。

2  原告らは、本件告知処分を不服として同月二一日被告に対し異議の申立てをしたが、被告は、同四五年四月一四日協議団の議決に基づき、原告らの異議申立てを棄却する旨の決定をし、右決定書は同月二四日までに原告らに送達された。

3  しかし、原告らは、昭和三九年五月一七日開催の池商組合の臨時総会において、または遅くとも同年七月三一日には、既に同組合を脱退し、同組合が解散した同年九月二三日当時には組合員ではなく、残余財産の分配を受けたことはないから、同組合の滞納国税について原告らに対し第二次納税義務を課した被告の本件告知処分は違法である。

4  よつて、原告らは、被告に対し、本件告知処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1および2の各事実は認めるが、同3の事実は争う。

三  被告の抗弁

1  池商組合は、昭和三六年四月ごろから別紙物件目録<省略>記載の土地(以下「本件土地」という。)およびその地上建物を所有し、右建物を四〇コマ(持分)に区分して各組合員に利用させることをもつて事業としてきたが、同三九年三月初めごろ右建物を取り毀したうえ、同月一〇日臨時総会において、組合の財産を各組合員に分配するため組合の唯一の財産である本件土地を売却する旨の決定をした。

さらに同組合は、同年四、五月ごろから前田弘興業株式会社(以下「前田弘興業」という。)に対する本件土地売却の交渉を始めたが、同年五月三一日同組合の臨時総会において具体的な接渉および売却手続を担当する財産処分執行委員として原告神尾英造ほか四名を選出し、同委員らの接渉によつて同組合は同年七月三一日前田弘興業に対し本件土地を代金一億六五五〇万円で売り渡した。

2  池商組合には、同年三月ないし七月ごろ本件土地以外にめぼしい積極財産はなかつたから、本件土地を解散時まで留保すれば、当然これが同組合の残余財産となるべきものであつたところ、同組合は、同年三月一〇日もしくは五月三一日の総会で、解散に伴う本件土地売却代金の分配額を各組合員に対し二五〇万円以上と定めていたが、右売買により売却代金に替つた残余財産を解散後まで留保せず、分割支払のあつた右代金をそのつど各組合員に分配することにし、同年七月三一日には原告ら四名に対し各自五〇〇万円、原告らを除く他の組合員に各自三〇万円を支払い、同年九月二三日ごろ他の組合員に各自残額二四〇万円を支払つたため、同組合は解散時には資産は皆無となつた。

ところで、国税徴収法三四条の第二次納税義務の成立要件としての残余財産とは、納付すべき国税を納付しないで法人の財産を分配しまたは引き渡した場合における積極財産を指称するのであるから、組合が、解散を予定して唯一の組合財産を売却し、解散前にその売却代金を組合員にその持分に応じて分配したうえ、解散したような場合、右売却代金の分配は、残余財産の分配の仮り払いか、もしくは、組合の解散を条件とする残余財産の分配と解すべきところ、池商組合は、前記のとおり右売却代金の分配終了後間もない昭和三九年九月二三日ごろ正式に解散したのであるから、結局、原告らが分配をうけた前記売却代金は、残余財産の分配金に該当するものというべきである。したがつて、池商組合から原告らを除く他の組合員が分配をうけた各二七〇万円および原告らが分配をうけた各五〇〇万円のうち少なくとも他の組合員がうけた金額と同額の各二七〇万円は、同組合の残余財産の分配金である(なお、同組合においては各組合員の出資口数が均等であるから、本来残余財産の分配は、金額および時期について各組合員平等であるべきところ、原告英造が同組合の解散を予測し、自己の代表理事等の地位を利用して自己およびその支配下にある他の原告らにのみ有利に扱うように振舞つたため、右のような結果となつたものである。

3  そこで、被告は、昭和四四年七月五日池商組合が納付すべき法人税四一四六万四二〇〇円を徴収するため、同組合の財産について滞納処分を執行してもなお徴収不足を生ずるので、同組合の残余財産の分配をうけた原告らを含む組合員全員に対し、国税徴収法三四条に基づき、分配をうけた財産の限度額を一六〇万円とする第二次納税義務の告知処分をしたものであつて、被告の右処分には何ら違法はない。

四  抗弁に対する原告らの認否および主張

1  抗弁事実のうち、池商組合が昭和三九年七月ごろその所有にかかる本件土地を前田弘興業に売却したこと、原告らが同月三一日池商組合から各自五〇〇万円の支払いをうけたこと、原告ら以外の組合員は、残余財産の分配として各自二七〇万円の支払いをうけたこと、池商組合は同年九月二三日ごろ臨時総会において解散の決議をしたこと、同組合には本件告知処分当時四四一六万四二〇〇円の法人税を納付すべき義務があつたことは認めるが、原告らが池商組合の組合員として残余財産の分配をうけたとの点は否認する。

2(一)  池商組合においては、中小企業等協同組合法の規定および同組合の定款にも拘らず、組合員の脱退が事業年度の中途においても自由に行なわれる慣行があつたところ、原告らは、昭和三九年五月一七日もしくは七月一三日には同組合を脱退したのであるから、解散当時すでに組合員の資格を失つていたものである。

(二)  また、組合の残余財産とは、組合の解散後その債務を完済した後に残つた積極財産のことをいうものと解すべきところ、原告らに対する金員の支払いは解散および清算の前にされたから、残余財産の分配には当たらないものである(なお、原告英造が組合の代表理事を辞任するとともに組合を脱退した後、組合は新たに伊崎昌義を代表理事に選任し、その旨の登記を了していることからみて、原告らは、当時、組合が近く解散するものと予知しうる状況にあつたものとはいえない)。

(三)  したがつて、原告らが池商組合から支払いを受けた前記金員は、いずれにせよ、同組合の残余財産の分配ではなく、同組合の脱退者に対する持分譲渡の代金である(なお、その内訳は、組合出資金一四口分一万四〇〇〇円、出資積立金四五万一六一五円、組合の土地・家屋についての持分譲渡料四五三万四三八五円である。)。

五  原告らの主張に対する被告の答弁

1  原告らの主張(一)の事実のうち、組合員の脱退時期についての慣行の点は不知であり、その余の事実は否認する。

中小企業等協同組合法一八条および池商組合の定款によれば、組合員は事業年度の末日にのみ、その九〇日前までに予告したうえ脱退することができるのであるから、原告らがその主張のように、事業年度の中途である昭和三九年五月ないし七月に、かつ、予告もせずに脱退し、持分の払戻をうけることは許されない。

2  原告らの主張(二)、(三)の事実のうち、池商組合の原告らに対する金員の支払いが組合の解散・清算の前にされたことは認めるが、その余の点は争う。

第三<証拠省略>

理由

一  請求原因1(本件告知処分の存在)および同2(不服申立前置)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の本件告知処分が違法か否かについて検討する。

1  <証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すると(ただし、一部争いのない事実を含む。)、池商組合は、中小企業等協同組合法に基づき、昭和三六年四月に三五名の均等の持分をもつ組合員によつて結成された法人であつて、爾来本件土地およびその地上建物を所有して、右建物を小店舗に区分して各組合員に利用させることを事業としてきたもので、原告らはその組合員であり、原告英造は代表理事の職にあつたが、昭和三七年春ごろ消防署より防災上建物を改築するよう再三警告をうけたため、右建物の改築等を検討せざるをえなくなり、組合員間に、右建物を取り毀して新たにビルを建て組合を存続するか、あるいは、本件土地を処分して組合を解散し持分を払い戻すかをめぐつて意見が対立したが、昭和三九年に入つて結論未定のまま一応右建物を取り毀す運びとなつたこと、原告英造は、一貫して組合の建物を改築すべきであるとの立場を堅持していたが、その後同組合の創立者の一人であり原告英造の親分筋にあたる森田某から、原告四名の組合員持分につき各自五〇〇万円を出すから本件土地の売却に賛成し組合から手を引くように説得されて、これを了承し、同時に池商組合の代表理事の辞任を決意するにいたつたこと、そこで、池商組合は、同年五月一七日に臨時総会を開催し、近く組合を解散することを前提として、各組合員の持分を払い戻すため、同組合の唯一の財産である本件土地を売却することおよび右取引を円滑に行なうため、買主側の希望により、原告英造が同組合の代表理裏を辞任し(ただし、その時期は留保)、原告らへの持分の払い戻しがあり次第、原告らは組合からも脱退することを満場一致で決議したこと、さらに、同組合は、同月三一日に再び臨時総会を開いて、各組合員に対する持分の払い戻し額を二五〇万円以上にしようという意図の下に本件土地の処分方法等を定めたほか、原告英造ほか組合員四名を財産処分執行部委員に選任し、同原告らはその後前田弘興業との間の本件土地売買の交渉に当つたこと、その結果池商組合は同年七月三一日前田弘興業に対し本件土地を代金一億六五五〇万円(ただし、うち三〇〇〇万円は立退料)で売却する旨の契約を締結し、同日契約金三〇〇〇万円の支払いをうけたこと、同組合は、右売却代金のほぼ一組合員持分当りの金額四〇〇万円から諸経費八〇万円および立退料分五〇万円を控除した二七〇万円(ただし、立退料は、組合員が店舗を他に賃貸している場合、賃借人に対し支払うもの。したがつて、前記建物でみずから営業していた組合員には、これに立退料を加算した額)を一般の組合員に、原告らには前記の経緯から各五〇〇万円を払い戻すこととし、同日原告らに対しては各五〇〇万円を支払い、その他の組合員に対しては、そのころ内金を支払い、残金はその後約一年間にわたり数回に分割して支払い、その結果池商組合の積極財産は全くない状態になつたことが認められる。

原告らの受領した金員の内容、性質等に関して、右認定と符合しない<証拠省略>は、<証拠省略>によれば、後日原告らの税金の申告用に適宜作成されたものに過ぎないうえ、前掲各証拠に対比して信用できず、また、組合の臨時総会の決議内容、原告らの受領した金員の性質等について前記認定に副わない<証拠省略>の一部は<証拠省略>と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

もつとも、前掲<証拠省略>によると、池商組合は、昭和三九年七月三一日辞任した代表理事原告英造の後任として伊崎昌義を選任し、その旨の登記を経たことが窺われるが、右事実だけで、同組合が当時組合の解散を予定せず、組合の存続を前提として本件土地の売却、その代金の分配等をしたものと推認できないことはいうまでもたく、かえつて、<証拠省略>によると、伊崎自身が代表理事に就任した当時において、既に組合の実体がなくなつたことを認識していたことが認められるのであつて、いずれにせよ右の事実は前記認定の防げとはならない。

2  次に、池商組合が昭和三九年九月二三日ごろ臨時総会において解散を決議したことは、当事者間に争いがない。ところで、<証拠省略>によると、同組合は、その後清算人になる人がなかつたことなどの理由により、清算手段が進められず、いまだに解散登記もなされていないことが認められる。しかしながら、国税徴収法三四条にいう「法人が解散した場合」とは、法人につき法令または定款に定める解散事由が発生した場合を指し、解散の登記の有無は問わないものと解すべきことは、法人が実質上解散しながら、ただ形式的な登記手続を怠ることによつて納税義務を免がれうることの不合理を考えれば、疑いの余地はない。したがつて、池商組合が、右のとおり総会において解散決議をした以上、解散登記を終えていなくとも、国税徴収法三四条にいう「法人が解散した場合」に該当するものということができる。また、右同条に定める「残余財産」とは、一般的用法のように、法人解散の場合の現務の結了、債務の取立ておよび債務の弁済をした後に残つた積極財産をいうものではなく、規定の趣旨に鑑み、法人が、納付すべき国税を完納することなく、その有する財産の分配等をした場合における当該積極財産をいうものと解すべきである。本件において、前記認定のとおり、池商組合は、昭和三九年五月一七日の総会の決議に基づき解散を予定しながら、その解散前に法人税を完納することなく、同年七月三一日唯一の財産である本件土地を売却し、右代金を原告らを含む組合員に分配し、同年九月二三日ころ総会において、解散の決議をしたのであるから、原告らに対する右代金の分配は、解散決議前にされたものであるけれども、池商組合の解散に伴う「残余財産の分配」の性質を有するものということができる。

3  なお、原告らに対する分配金は、他の組合員よりも時期および金額において有利に支払われたことは、前記認定のとおりであるが、これは、前記の金額決定の経緯からみられるように、右金員中には、原告らが最後まで本件土地の売却および組合解散に反対していたのを、他の組合員のために断念させたうえ、原告英造を代表理事から辞任させたことに対して支払われた金員が含まれていて、組合としては、これを早期に支払つて原告らと縁を切ることが、本件土地の売却と組合解散を円滑に進めるうえに必要であつたからであることが推認されるのであり、したがつて、原告らに対する分配金のうち、少なくとも他の一般組合員と同額の二七〇万円の部分は、他の組合員と同じく、組合解散を前提としてその唯一の財産である本件土地を売却した代金の分配とみるのが合理的である。

原告らは、原告らが、遅くとも昭和三九年七月三一日には組合を脱退したから、組合の解散当時すでに組合員資格がなく、したがつて、解散による残余財産の分配を受ける理由はないのであつて、原告らが池商組合から支払いをうけた金員は、組合の脱退者に対する持分譲渡の代金であると主張するけれども、この主張は、前記認定の事実にてらし採用できない。

4  そして、池商組合が本件告知処分をうけた当時、四一四六万四二〇〇円の法人税を納付すべき義務を負つていたことは、当事者間に争いがなく、また、本件土地の売却代金が組合員に分配されたことにより、同組合には積極財産が全くなくなつたことは、前記認定のとおりであるから、同組合に対し滞納処分を執行しても、なおその徴収すべき額に不足することは明らかである。

5  よつて、被告が国税徴収法三四条に基づき原告ら各々に対しての分配をうけた残与財産価額をこえない一六〇万円を限度額とする第二次納税義務を告知した本件告知処分には、原告らが主張するような違法はないものというほかない。

三  以上判示の理由により原告らの本件告知処分の取消しを求める請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

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